東京地方裁判所 昭和46年(わ)5012号 判決 1972年4月01日
主文
一、被告人を禁錮一年二月に処する。
二、訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四三年一月九日普通第一種運転免許を、同四五年五月七日普通第二種運転免許を取得し、反覆継続して自動車を運転している者であるが同四六年三月一五日午後八時二三分ころ、タクシー業務として普通乗用自動車(タクシー。右ハンドル)を運転し、信号機により交通整理の行なわれている東京都江東区亀戸一丁目三九番一〇号先の交差点(京葉道路の信号サイクル青四五秒、黄三秒、赤五二秒、全赤三秒。明治通りのサイクル青五五秒、黄三秒、赤四二秒、全赤三秒。)を錦糸町方面(京葉道路。歩車道の区別のある車道幅員約28.04メートルアスファルト舗装道路)から五の橋方面(明治通り。歩車道の区別のある車道幅員約18.65メートルアスファルト舗装道路)に向かい右折するため同交差点中心付近で一時停止したのち発進し右折進行するにあたり、対面信号が青色の信号を表示ないしは青色から黄色に信号がかわるかわり目の直後であつたうえ、対向車両の大型バスが同交差点内に右折のため停止中であり、その陰になつて対向直進車両があつてもその見とおしが困難であつたから、その見とおしが可能な状態になるまで停止を続けるか、あえて発進右折するに際しては、対向直進車のあり得ることを考慮に入れたうえ、徐々に発進進行し、対向直進車両との安全を確認して右折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、その安全を確認することなく漫然発進し右折進行した過失により、おりから対向直進してきた佐藤正矩運転の大型貨物自動車に自車を衝突させ、よつて、自車の同乗者福和田加代子(当時二四年)を同日午後八時三〇分ころ、同所において、胸腔内および頭腔内出血により死亡させるとともに、同尾崎隆夫(当時二三年)に加療約六か月半(うち入院加療六四日間、実通院日数三三日間)を要する前胸部挫傷、左第三ないし第九肋骨骨折等の、同久保宏子(当時二八年)に加療約四か月間(うち入院加療五四日、実通院日数二〇日)を要する胸背部挫傷、左第三ないし第九肋骨骨折等の、同久保こと重信有里(当時三年)に加療約二週間(うち入院加療八日)を要する頭部挫創等の、同柳沼義人(当時二四年)に入院加療約六週間を要する胸部挫傷、顔面裂傷の各傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)<略>
(弁護人の無罪の主張に対する補足的判断)
一、弁護人は、(1)被告人は、本件交差点中心付近で右折のため一時停車した後、対向右折車の都バスと軽自動車の停車のため京葉道路の対向車両の見とおしが悪いので被告人は京葉道路上の小松川方面より来る自動車の見える位置まで車体一台分位進行して停車した瞬間信号が黄色となつたので再度発進したところ、小松川方面より進行して来た佐藤正矩運転のダンプカーに衝突されたものである。被告人は対向車との安全を確認するため右のような行動をとつたものであり、被告人に注意義務違反はない。(2)被告人は京葉道路の小松川寄りの信号が黄色となつたので、本件交差点のはるか手前約七〇メートル位のところを進行中の右ダンプカーが当然停止するものと信頼して動き始めたところ、右ダンプカーは制限速度四〇キロメートルをこえる時速五五ないし六二キロメートルの速度で黄色信号を無視し前方を注視しないで交差点に突入して来て衝突したものであつて、信頼の原則の適用されるべき事案であると主張する。
二、そこで検討するに、被告人は当公判廷において右(1)にそう供述をしているところ、被告人の司法警察員に対する供述調書で、司法警察員斉藤進外一名作成の昭和四六年三月二七日付実況見分調書に基づき、「私は小松川方面に進行して行き亀戸駅前交差点を右折して五の橋方面に行く予定でした。同交差点は小松川方面から福神橋の方に右折する車があり見通しが悪かつたので、私は①の地点まで右折して来て停車した。私が①の地点停車すると同時に小松川方向を見にくくするような位置に停車していた甲地点の対向右折車が進行して行きました。私はすぐ左を見て、たしかめるとア地点にライトの光があり私の方に進行して来るなと直感しました。その瞬間×地点で私の車の左側中央部付近に衝突されてしまいました。」と述べている。(なお×点は京葉道路(車道幅員約28.04メートル)の中心線より約9.10メートル右方でその付近がまた①にもあたる。)そしてこの点に関し、被告人の検察官に対する供述調書で、「右の①の地点で停止しており、停止していたところに小松川方面から直進してきた車両がぶつかつてきたというのか。」との問いに対して、「一時停止した地点は、交差点中心の一寸手前の地点で、そのときは道路右側部分には出ておりません。そこで一時停止したが、対向右折車が交差点に停止していたので、対向直進車が見えにくかつたから発進して右折し、一寸進行したとき、対向直進車のライトが見え、そのときは対向直進車がすぐ近くに来ており、私の車もその進路上に出てしまつたので危いと思い加速して逃げようという気持でアクセルをふかしたが間に合わず衝突したというのが実際の状況です。」と訂正しているのである。
ところで、被告人車の助手席に乗車していた尾崎隆夫は、検察官に対する供述調書で、「タクシーは交差点の中心一寸手前あたりで停車した。それは対向直進車があつたからだと思います。タクシーが動き出し、アクセルをふかし右折したので、何気なく顔を左に向けて対向直進車の方を見たところ、ライトがすぐ近くに見えたので危いと思つた。右折をはじめて五、六メートル位進行したとき衝突した。タクシーが交差点内に停止していたときは、軌道敷内であり、そのころは道路右側部分にはみ出してはいなかつたように思う。それが動き出し五、六メートル位進行したとき衝突したのであります。五、六メートルというのは乗用車一台分の長さより一寸あつたからそう思うのです。」との趣旨の供述をしている。また対向直進車の運転手佐藤正矩も当公判廷において、「交差点に進入する際バスがいたため亀戸方面は見とおせなかつたが、交差点を、自分の進行方向に逆の方から車が出て来た感じです。バスの影から自分の進路を横切るようにして出て来た。」と述べ、いずれも二度にわたつて一時停止したことはない趣旨を述べている。
ところで、司法警察員斉藤行男作成の昭和四六年三月一五日付、同人外一名作成の同年同月一七日付実況見分調書、桐山昭一の検察官に対する供述調書によれば、京葉道路の錦糸町方面から小松川方面に向かう道路の対面信号は、本件交差点の、錦糸町方向入口と小松川方面出口の各横断歩道橋の左側車線上に設置され、また小松川方面から福神橋方向へ右折するため本件交差点中心付近で一時停止していた都バスの左後尾は京葉道路の中心線より約4.40メートルのところにあつたこと、右バスは本件衝突事故発生まで一時停止を続けていたことが認められるのであるが、被告人が車体一台分位進行して見たという信号は一体どの信号を指しているのであろうか。右小松川方向出口の横断歩道橋の左側車線上にもうけられている信号は右都バス越しに見ることになるわけであり、同バスからある程度離れないと見えないし、また被告人の車は右ハンドルの自動車であるからある程度右折してしまうと右の信号は見えなくなるか、左側座席の乗客や後部座席の乗客越しに見ることになり著るしく見ずらくなる状況で、被告人が京葉道路上の小松川方面より来る自動車の見える位置まで車体一台分位進行して停車し、その際黄色の信号を見たので発進したとの供述はたやすくこれを信用することができないのである。(なお被告人は、当公判廷において、被告人の見た黄色信号は五の橋方面の信号であるように述べているのであるが、被告人は京葉道路の対面信号が青色で交差点に入り中心点付近で一時停止したわけであるからその際の明治通りの信号は赤色を示していたことになり、赤色のつぎの表示信号は青色となるわけであつてこの点からして右の供述部分は信用できない。)
以上を総合すると、弁護人の(1)の主張事実はこれを認められないし、前掲証拠欄記載の証拠によりゆうに判示の事実を認定することができる。
三、つぎに(2)の点について検討するに、信号の点は右に示したとおりであり、その他の点につき、被告人は当公判廷において、被告事件に対する陳述として、「私は約六〇キロメートル毎時で対向直進して来る大型貨物自動車を約二〇メートル前方(一時停止線より二ないし三メートル前方)に認めた。」と述べ、また第一回公判廷において「ダンプカーを見たとき横断歩道橋下にあつた一時停止線より五乃至六メートル小松川寄りにおりました。」と述べ、弁護人のいうような黄色信号にかわつたとき本件交差点のはるか手前七〇メートル位のところを進行中のダンプカーを見たとは被告人自身何等述べていないのである。(なお、本件現場にのこされているスリップ痕の長さ、衝突して押すようにして約八メートル位して停止していること等からして佐藤正矩運転の大型貨物自動車が約六〇キロメートル毎時位の速度が出ていたものと認められる。)
ところで、進行中の自動車は急制動措置をとつたとしても直ちには停止できないのである。速度によりその制動距離はことなるが、制限速度の四〇キロメートル毎時で進行中の車両が急制動措置をとつても乾燥したアスファルト舗装道路で滑走距離だけで約八メートル位
はかかるわけであり、道路交通法施行令二条も黄色の灯火の信号の意味について、「車両は、停止位置をこえて進行してはならないこと。ただし、黄色の灯火の信号が表示された時において当該停止位置に近接しているため安全に停止することができない場合を除く。」としているのである。従つて自動車運転者は青色から黄色に信号がかわるかわり目の際は右のことを考慮してなお対向直進車があり得ることを予見して対向直進車両との安全を確認したうえ進行すべきであつて、本件は弁護人の主張するような信頼の原則を認め得べき事案ではない。
(法令の適用)<略>
(朝岡智幸)